ずいぶん暖かくなって、急に春らしくなりました。
陽ざしに、小鳥の声に、風のゆるやかさに、芽吹く緑に、みんな活気が出てきて、やっと2021年がスタートしたように感じます。
サクラサク。
門出の季節を迎えて、毎日忙しい人もいらっしゃることでしょう。
そんな中、私は久しぶりに満開の桜を見ることができました。
ありがとう、出掛けてみるね ~ふと目に入った言葉に背中を押されて~
週末の朝、SNSでふと目にした「今日は桜を見に行ってくる」という投稿に励まされ、脚が不調だけれど私も頑張って歩こうと出掛けてみました。
その日は教会とヘアサロンに行く予定で、バスや電車を乗り継いでの移動になります。
道すがら、どこで桜を見るか思いを巡らせると、前に行ったことがある大きな公園が頭に浮かんできました。
とてもいいところなのですが、教会やヘアサロンから少し遠回りになるので、脚のことを考えるとあまり気が乗りません。
さて、どうしたものか。
駅と地下街の階段やバスのステップなどを不自由なものだと感じながら、痛みを堪えてやっとの思いで教会に着いたのですが、疲れてしまったのか、その時には桜のことをすっかり忘れていました。
少し普段とは違うことをしてみると、気付くことあるよね
教会での用事を済ませ、ヘアサロンの時間までどこかで気分転換しようと、いつもとは違う方向へ出てみて驚きました。
目の前に公園、満開の桜…。
あぁ、思い出した。
そういえばここに公園があった…。
そこは、休日の朝は鳩に餌をやるおばあさんがいて、昼間はブランコや鉄棒で遊ぶ親子連れで賑わっているし、お兄ちゃんたちはフェンスの向こうでキャッチボールが出来るという、昔ながらの小さな公園です。
こんなすぐそばにある、桜の咲く場所を忘れるなんてね。
思いがけないタイミングで、華やかな満開の桜が目に飛び込んできて舞い上がったせいか、不思議なことに私の疲れは一瞬で綺麗に消え去ってしまいました。
生きとし生けるものの宴の時
私は桜を見ると、他の花にはない特別な感情が湧いてきます。
花弁のひとつひとつは控えめな色みでありながら、少し離れて全体を見ると実に華やかです。
また一方では、パっと咲いてサッと散る儚さと潔さに、日本を命懸けで守った私たちの先祖の切ない生き様を感じます。
花から花へと忙しく飛び回って蜜を集める蜂。
桜の根元で「私を見て」と言わんばかりにこちらを見上げる、白と黄の花。
餌がもらえると思ったのか、私の周りに集まる鳩。
春の土曜日の午後、赤ちゃんからお年寄りまで共に過ごすこの公園が、まるで地球の縮小体のように感じられ、穏やかな気持ちになりました。
ところで…。
そんな桜の木を近くでじっと見ていて、手が届きそうな高さにたくさんの花が咲いた若い枝を見つけました。
その時、なぜかシューベルトの曲『野ばら』の歌詞を思い出したのです。
手折らば手折れ…。
よく歌った曲なので思わず笑ってしまいました。
もちろん手折ることはありませんので、ご安心を。